私たちは豊かな時代に生きているのに、なぜこんなにも苦しいのか?

 

私たりは豊かな時代に生きており、
とても幸せな時代に生きている、と言われます。

食べ物は、どこでもいつでも買うことができますし、
テクノロジーは進化し、便利なものたちに囲まれて生活しています。

この記事を書いたのは2018年ですが、
すでに、日本ではほとんどの人がスマートフォンを保持し、
いつでもどこでも、インターネットにアクセスが可能となり、
日本中、世界中の人々と簡単に繋がることができるようになりました。

こういった時代がこんなに早く到来するとは、
インターネットが誕生した数十年前には、想像ができなかったことです。

テクノロジーは日々進化してきましたが、
インターネット誕生後のテクノロジーの進化は特にすざましく、
そのスピードは年々加速していると感じています。

 

確かに、私たちは物質的にはとても恵まれています。
しかし、一方で、うつ病患者は100万人以上いると言われ、
15歳~39歳の死因のトップが自殺と言われています。

私たちは豊かであるはずなのに、なぜこんなに苦しいと感じるのでしょうか?

 

絶対的な幸せが人の幸せではない

今の時代に生きていることを幸せと言う人は、どの世代にもいるとは思いますが、
とりわけ、こういったことを主に発言されるのは高齢者の方に多いと感じます。

ここでいう高齢者というのは、
すでに退職金を貰い、年金という不労所得での安定した生活が約束された、
ある意味で、「逃げ切りができた世代」の方々となります。

「私たちが若い頃はもっと貧乏であった」「今のような便利な家電もなかった」
そういったことを挙げて、「だから今は幸せなんだ」と高齢者の方々は言います。

 

たしかに、昔と比べれば日本は豊かになっていますし、
便利なものに囲まれ、食べるものにも大半の人は困りません。

だけど、この物質的に豊かになったということだけを根拠として、
人々は幸せになったと言い切るのは、大きな誤りであると考えます。
それは、「絶対的な幸せが人の幸せではない」からです。

たとえ、スタート時点が貧しくても、今日より明日、明日より明後日と、
生活や収入がだんだんと良くなっていくことに、人は幸せや希望を感じます。

反対に、スタート時点で、ある程度恵まれていても、
頑張っても頑張っても、生活や収入は良くならず、
逆に収入が減っていくような場合に、人は希望を失ってしまうのです。

つまり、人間は一度味わった生活や待遇が、
悪化していくことには、耐えることができない生き物なのです。

 

戦後からの高度成長期、その後バブル経済期を経験し、
バルブ崩壊後の失われた20年の中で何とか「逃げ切りができた世代」と、
バルブ崩壊後の失われた20年を主戦場として働いてきている「現役世代」では、

この時代を右肩上がりと感じるか、右肩下がりと感じるか、
という見方に大きな隔たりがあると考えるのです。

 

世代間格差という不平等

世代間格差の話を持ち出すことは、
同じ日本人の中で対立を煽ってしまう一面もあります。
しかし、世代間格差という不平等は、はっきりと存在します。

現在の日本は、人口のピラミッドが崩壊し、
多くの高齢者人口を少ない労働者人口で支える構図となっています。

私たち現役世代の感覚では、退職金や年金が貰える保障はまったくなく、
定年の年齢も引き延ばされることが確実となっています。だから、
言い方は悪いですが、現役世代は高齢者に搾取されていると感じてしまうのです。

 

こう言ったことは、ずいぶん昔から言われていますので、
現役世代に対して、こども手当を支給するなど、世代間格差を埋めようとする動きもあります。

ただし、これらの動きも私たちの子孫に負担を先送りしているにすぎません。
本当にこの問題を解決したいのであれば、現在もっとも豊かで人口の多い高齢者層に、
社会保障をもっと負担してもらう、今より少しだけ貧乏になるお願いをする必要があるのです。

しかし、こういった動きには決してなりません。
それは選挙権を持った高齢者人口がもっとも多く、
政治家は高齢者層に負担をお願いするような政策には、一切踏み込まないからです。

 

現役世代は、こういった、どうにもこうにもならない構図を理解し、
若者は、この閉そく感の空気を肌で感じています。

だから、「車もいらないし、家も買わないで賃貸でいい。」
「結婚もしないで、家でぬくぬくとお金を使わないで楽しく暮らして行こう。」
という風潮になるのは、ごくごく自然なことであると私は考えます。

 

「平等」には扁桃体は反応しないが、「不平等」には扁桃体が反応する
という脳のメカニズムに関する記事を以前に書きました。

うつ病はどのようなメカニズムで発症するのか?進化の過程に根源あり

2018.04.15

 

私たちの生きるこの時代は、少し長い歴史のスパンで考えると、
一旦狭まった格差(不平等)が、また拡大しつつある時代であると考えます。
不平等が広がり、人々は扁桃体で本能的な危機を感じているとも言えるかもしれません。

 


【補足1】
世代間格差に加えて、近年は、
世代間に限定しない絶対的な「貧富の格差」もさらに加速してきています。

貧富の格差が加速していく時代、1%の富を99%が奪い合う社会

2018.04.20

 

長期デフレこそが諸悪の根源

閉そく感の諸悪の根源は、長期デフレーション(デフレ)にあると考えます。

デフレとは、簡単に言えば、「ものやサービス」の値段が下がっていくことです。
「ものやサービス」の値段が下がると、収入が減り、消費活動が控えられるようになります。
企業の業績は悪化し、さらに「ものやサービス」の値段が下がっていく・・・という悪循環です。

こういった悪魔的な経済低迷期間を日本はバブル崩壊後からずっと経験してきました。
これは、失われた20年とも言われます。

 

バブルが大きくなり過ぎる前に早めに引き締めを行い、
一旦バブルが弾けてしまったら、大規模な金融緩和や景気刺激策を行うことが、
現在では正しいと経済政策とされています。

しかし、日本における1980年代からのバブルへの対応は、
これとはまったく真逆のことを行い、続けてきました。
バブルを鎮静化する対応に遅れ、バブル崩壊後に、
消費税導入・増税、公共事業を控えるなど、景気のブレーキを踏む政策を続けました。

消費税増税や、公共事業を控えることが常に悪とは言いません。
ただし、バブルが崩壊した後の不況下では絶対やってはいけないことなのです。
そういった経済政策の失敗を日本は30年余り続けてきました。
長期間のデフレの原因は、まさにこの経済政策の失敗にあるのです。

アメリカの経済学者は、これらの日本の経済政策を「完全な失敗」と認識し、
反面教師としてリーマンショック後の政策をとったと言われています。

日本は各国から一歩遅れて、アベノミクスという政策をとりました。
この政策は正しいのですが、あろうことか、そのさなかで、
また、消費税増税に着手してしまいました。

この「アクセルを踏みながらブレーキを踏む政策」によって、
日本における経済回復は米国などに比較して、力強くはありませんでした。
こういった経済政策の失敗を続けてきた責任は、本当に重いと感じます。

 

まとめ

考えたこと

【豊かな時代に私たちが苦しみを感じる理由】
・人は一度味わった生活や待遇が、悪化していくことには耐えられない。
 私たち現役世代は、右肩下がりの経済でずっと働いており希望を失っている。

・歴然とした世代格差があり、絶対的な貧富の格差も広がっている。
 この構図を是正する方法はなく、そこに人々は閉そく感や危機を感じている。

・諸悪の根源は、長期間のデフレであり、長期間における政策の失敗にある。

 

私たちは豊かな時代に生きているのに、なぜこんなにも苦しいのか?
というテーマで今回は記事を書いてみました。

この時代に感じる生きづらさについては、まだまだ書きたいことがありますので、
今後も継続して、このテーマについて考えていきたいと思います。