社会から一旦離れてわかったこと、この社会に感じる違和感は何か?

 

私はうつ病を発症し、現在休職中の身です。
約3か月間寝込んだ後、少しずつですが回復してきています。

心と体の健康のため、早朝のウォーキングを習慣化し、
それ以外にも、気が向いた時にはいつでも歩くようにしています。

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2018.04.15

 

ウォーキングの時間帯によっては、通学中の子供たちや、
通勤中のサラリーマンの方々と遭遇することもあります。

そういった時、「私は普通の社会から離脱してしまったんだ」
としみじみと感じます。

 

私もほんの数か月前までは、サラリーマンとして毎日通勤していました。
しかし、今では全く別の世界で暮らしている感覚があります。

社会から離れた環境に身を置くことで,
私は世の中を客観的な視点で見られるようになりました。
今回は、そんな私が考えたことを書きます。

 

サラリーマンは「茹でガエル」

カエルを熱いお湯に入れると驚いてすぐに飛び跳ねます。
しかし、常温の水から徐々に熱していくと、カエルはその水温に慣れていきます。
そして、熱湯になった時には、もはや跳躍する力を失い、
飛び上がることができず、カエルは茹であがってしまうといいます。

これは「茹でガエル」現象などと呼ばれています。
一度くらいは聞いたことのある話ではないでしょうか。
カエルが、本当に逃げることなく茹であがるのかは科学的に怪しいですが、
物事を表す、たとえ話としては非常に良くできています。

つまり、人間は環境適応能力を持つがゆえに、少しずつの変化については、
それがたとえ致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向があるということです。

 

この社会で、毎日毎日必死で働いている方々を私はとても尊敬しています。
けれども、一旦社会から離脱した私が客観的に眺めてみると、
もしかしたら、私たちサラリーマンは「茹でガエル」状態にあるのではないか、
と考えるようになりました。

仕事内容は年々高度になり、年齢とともに背負う責任は増えていきます。
過剰なサービスが蔓延し、仕事量もいっこうに減る気配はありません。
にもかかわらず、作業効率化の推進という名で賃金は低く抑えれ、
私たちの収入は横ばいどころか、下がる傾向にあります。
そして挙句の果てに、心や体を壊したり、自らの命を絶つ人々もいます。

こういった事実を踏まえると、
私たちサラリーマンは「茹でガエル」状態にある、と言えるのではないでしょうか。

 

テクノロジーは進化するが仕事は楽にならない

テクノロジーは日々進化し、私たちは便利なものに囲まれています。
インターネット誕生後のテクノロジーの進化は特にすざましく、
そのスピードは年々加速していると感じています。

この記事を書いたのは2018年です。
現時点のテクノロジー水準は、人類史上でもっとも進んでいるはずです。
テクノロジーは日々進化しますので、あたり前と言えばあたり前の話です。

 

こういった最新・最強のテクノロジーに囲まれているはずのに、
私たちの仕事は、なぜいっこうに楽にならないのでしょうか。

単純に考えれば、
こなせる仕事量が増えて収入が上がる、収入はそのままでも労働時間が短縮されるか、
のいずれかの恩恵を受けてもよいはずですが、現実にはそうはなっていません。

この理由の1つとしては、
バブル崩壊後からの長期デフレによる、悪魔的な経済低迷の影響が考えられます。
これについての詳細は、以前の記事に書いています。

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2018.04.16

 

もう1つの理由としては、
現在は大きな時代の転換期にもかかわらず、
古い昭和的な考え方や働き方が、いまだに蔓延しており、
「私たちはその混乱の中で生きていること」が考えられます。

昭和的な考え方や働き方とは、
根性や努力、とにかく頑張れ、などの精神論が土台にあり、
会社に尽くすし、会社とともに生きていくという考え方です。
根性や努力、頑張ることを全て否定するつもりはありません。
これらの精神論が必要となる場面もあります。

そして、終戦後の復興、高度成長期、バブル期という時代においては、
この昭和的な考え方や働き方によって、日本が豊かな国になれたことも事実です。

 

ただ、この成功体験をバブル崩壊後の長期経済低迷期間も引きずり、
インターネット誕生後の時代の転換期になっても、引きずり続けているのは問題です。
新時代には、新時代にふさわしい考え方や働き方があるのです

この昭和的な価値観は、学校教育や部活、会社の上司から植えつけられ、
2018年時点で、私も含めた30代以上の人々に色濃く残っているように感じます。

30代より下の年代のおいては、
この価値観に洗脳された人は、あまりいないのではないでしょうか。

 

時代の転換期の最後に向かう

インターネット誕生は、
後の歴史書に載るようなインパクトのある出来事です。

そして、これによって時代も急速に変わりつつあります。
「個の時代がやってくる」と提言されている方々いますが
いよいよ、時代の転換期の最後に差し掛かっていると私は感じています。

インターネットは、日本中、世界中の人々をいつでもどこでも繋げることができます。
私たちが会社に属して、会社に出勤して働く必要性は確実になくなりつつあるのです。
そして、経済的観点からいっても、そのような合理的な方向に進んでいくのは必然です。

今まで会社のために必須に頑張って尽くしてきたのにもかかわらず、
「会社には頼らず、個人で稼いでください」と会社を追い出される時が、
実はもうそこまできているのです。

こう言える根拠は、
政府が「働き方改革」で副業や兼業を推進していることからも見てとれます。
国というのは、数十年単位、百年単位で国のありかたを設計するものです。

「働き方改革」というのは、
「今の働き方は続けられません。副業や兼業をして個人で稼ぐようにしてください。」
と国から喚起されていることと等しいのです。

 

こういった話は、
これまでにも議論されている内容いますが、以前の私はまだ先の話だと思っていました。
しかし、客観的に世の中を眺めた時に、こうした流れは確実に加速しており、
5年、10年先といった近い将来に現実化されると私は確信するようになりました。

 

まとめ

考えたこと

【社会から離れてわかったこと】
・私たちサラリーマンは「茹でガエル」状態にあり、正常な判断ができなくなっている。

・時代の転換期の中に、昭和的な考え方や働き方が蔓延しており、私たちは混乱している。

・転換期の最後を向えており、私たちはこの先「個の時代」を生きていくことになる。

私たちがこの社会に違和感を感じるのは、
新しい時代の価値観と古い時代の価値観に挟まれて、混乱しているためです。

私たちは、新しい時代に目を向けて、古い時代の価値観を捨てる時期にあるのです。